黒入道事件

余談ですが、管理人の祖父は戦時中、海軍管制本部下の軍需工場で航空機を製作していました。

終戦間近だったある日、祖父は幼い父を連れ、釣りに出かけたのだそうです。

すると、カワウソのように遊びで生き物を殺す米軍機が飛来して、祖父と父に機銃掃射を浴びせてきたそうです。

祖父は父に

「ジグザグに走れっ!!」

と怒鳴って、近くの建物めざして走ったそうです。

と、祖父の目に遠くの空で上昇する赤トンボが見えたそうです。しかし「あっ」と思う間もなく、赤トンボは米軍機に撃墜されてしまいました。


【赤トンボこと九三式陸上中間練習機(K5Y1)】
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【九三式水上中間練習機(K5Y3)】
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赤トンボはまちがいなく、祖父と父を襲っている米軍機を撃ち落とそうと出撃したのでした。

祖父は工場で、この赤トンボこと九三式陸上・水上中間練習機を作る仕事をしていました。

この時の祖父の気持ちはどんなものであったろうと、推しはかろうにも推しはかることができません。



その赤トンボですが、単独飛行中にたびたび「黒入道(くろにゅうどう)」と呼ばれるオバケが後部座席にすわっていたのだそうです。




出典:1951(昭和36)年 日本文芸社 「現代読本」第一巻第七号所収 元飛行兵長 井上貞造 「黒入道事件」


「貴様たち、たるんどるぞ! 化物が出てたまるか!」

 と、また往復ビンタを貰(もら)うことになるので誰も上官の前では口にしなかった。練習機(赤トンボ)乗りの我々にとっては、単独飛行ほど怖(おそろ)しいものはなかった。

 それは、自分の飛行技術が心配だというのではなく、時折、飛行中の後部座席に黒入道が坐(すわ)っているからだ。

 その正体はなんだか分からないが、変な予感がして振り返ると、そこに、黒いぼうっとしたものが坐っているのだ。そして、それを見た者は、眩暈(めまい)と嘔吐を覚えて、操縦を過(あやま)り、墜落はしないまでも、必ず事故を起すと云(い)われていた。

 私の乗った赤トンボでも、三千米(メートル)の上空でその黒入道を見たのだ。黒入道には、眼も鼻もなかった。のっぺら坊の、ぬうっとしたものだった。操縦桿を握る私の腕が、柔軟性を失い、硬くなってしまった。

 私は、科学文明の世の中に、化物などと否定しながら、くらくらっと眩暈(めまい)を覚え、もう一度、ふり返って正体を突き止めようとした時、むうっと嘔吐を催した。

 そのまま、私は失神した。これが本当にそのままだったら私は墜落死していたであろうが、地上五百米、私は意識をとり戻した。

 同僚は、私の飛行ぶりを見て黒入道が出たと、心配し合っていたそうだ。

 戦後、この話をすると、他の航空隊にもこれと同じ様(よう)な事件があったそうだ。だが私は未(いま)だに、黒入道の正体を知らない。


【写真出典】1995(平成7)年 光人社 「日本軍用機写真総集」





  • 最終更新:2015-06-04 08:28:34

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