双生児航空中尉の奇跡

マレー戦線に双子の飛行機乗りがいたそうです。

林田赫、林田競という兄弟は幼い時から、父に「お前たちは二人で一人前だぞ」と言われて育ち、二人そろって航空士官学校を志し、二人そろって中尉になったそうです。

残念ながら兄の林田赫中尉はセンバワン飛行場爆撃の任務で出撃し、戦死してしまいました。

その戦死した兄が弟である林田競中尉の命を救ったというエピソードです。




出典:1956(昭和31)年 日本文芸社 「現代読本」第一巻第七号所収
    元報道班員 秋山芳男 「双生児航空中尉の奇跡」


兄弟ともに航空士官学校へ
 
 激烈な戦場では、奇跡が起ったり、不思議な現象があらわれたりするものである。現代の戦争は化学戦だが、いくら化学戦でもそれに従事し、あるいはそれを操縦する者が人間である以上、精神の力が加わってくる。人間の知識では解釈できない不可思議な現象が起るのである。

 私は太平洋戦争には報道班員としてマレーに従軍したが、その時クアラ・ルンプールの飛行場で勝村大尉から聞いた林田兄弟中尉の話などは、まさにその一つである。十三年余りたった今でも、なお一つの神秘の色をたたえて、私は時おり思い出すのである。

 林田中尉は双生児であった。兄は赫、弟は競という。この字をみればわかる通り、中尉の父は相当に凝(こ)り屋さんだったと思われる。どっちも扁(へん)と作りが同じであり、つまりこれで双生児を表しているからだ。

 中尉の両親の名はききもらしたが、父はこの世の常の兄弟とはいささか異なる双生児兄弟に、

「お前たちは、二人で一人前だぞ。ゆめゆめ一人で一人前だとは思うな。勉強も、体育も二人が一生けんめいやって、やっと一人前だぞ」

 と言って教育したという。

 赫、競の兄弟は故郷四国の中学を卒業すると、陸士に進み、さらに航空士官学校へと志を同じくした。そして赫中尉は爆撃機乗りとして、競中尉は戦闘機乗りとしてマレー戦線に出動したのであった。


奇(く)しくも同じマレー戦線で

 兄弟の基地は別々であったが、同じくマレー戦線にいるので時々連絡があった。競中尉は足の短かい (*1)戦闘機隊だからいつも前線に近く、兄の赫中尉は爆撃機隊だから後方の基地である。しかし戦友たちがそれぞれに武勲を伝えてくれるのである。と、

「弟のやつ、やりやがったな」

「兄さん一人前の仕事をしちゃア困るじゃないか。俺たちは合わせて一本なんだぜ」

 と兄弟は心の中でほほえみ合うのであった。

 すると、昭和十七年一月十九日の夕方のことである。兄の赫中尉は勝村爆撃隊の一員だが、その夜は夜間爆撃があるので、日が暮れると、飛行場の横手の小さな丘の上にある宿舎でマンデー(水浴)をして身体を清めていた。とその日にかぎって、赫中尉は弟中尉のことが思い出されてならなかった。

(そうだ、おれ、昨夜ゆめをみたな、あいつの……)

 戦地へ来てから弟の夢をみたのは昨夜がはじめてであった。

(何か事故がなければいいが)

 そう思うと妙に胸さわぎがしてならない。

 どこかでトッケイが鳴いている。内地のトカゲとヤモリを合わせたこの爬虫動物は壁や天井に這(は)って鳴くのである。七声聞けば幸福がくると伝えられているが、トッケイは四声しか鳴かなかった。


【トッケイヤモリ】
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 やがて出発の時間が来た。日本時間の二十時三十分(現地時間の八時半)。下弦の月がようやくゴム林の上に昇って、梢(こずえ)が美しく輝きはじめる。

 今夜の出撃は僚機島田少尉機と二機であった。勝村隊は軽爆隊なので、搭乗員は一機に四人しかいない。全員八名、ピストの前に整列、隊長の指示を受けると、直(すぐ)に愛機の方へ歩をはこんでゆく。

 愛機はもう整備員の手で準備され、出発線に並んでいた。やがてエンジンがかけられ、林田中尉と島田少尉機はスペリーの中から浮び上り、南方をさして飛び去った。

 その夜の命令は 「センパワン飛行場附属設備を破壊すべし」 というのであった。

 林田、島田両機はマラッカ海峡へ迂回コースをとった。シンガポール上空はいつも密雲がたちこめているからだ。予定通りビンタン上空へ出て一気に北上、センバワン飛行項を衝(つ)こうというのだ。

 断雲はあるが、傘のようにかぶっている段々雲はなかった。両機は高度を三千メートルから千メートルに落してエンジンを殺した。

 当時センバワン飛行場には、格納庫、兵舎、掩体のほかに二千メートルに上るエア・クラフト・ロードがあった。これはゴム林の中を二千メートルに及ぶコンクリート道路をつくって、その引込(ひきこみ)線に土壌でかためた掩体壕を造り、その中にホーカーハリケン、新型ブレンハイム、スピットファイヤーなどの敵新鋭機がかくしてあった。

 格納庫も兵舎もすでに日本の爆撃で破壊されていたから、今夜の狙いは主としてこのエア・クラフト・ロードにあった。

 まず赫中尉が急降下した。思いなしかオクタン価の高いガソリンの匂いがツーンと鼻にしみた。

 高度は千から八百、五百と下って遂に三百メートルの超低空───黒々とした五十キロ爆弾がまるで鳥糞のように落ちてゆく。

 地上に火の柱が上った。爆発音がダーンと空気をゆすぶって伝わってきた。

 その時、中尉機は高度千メートルをとりもどしていた。瞬間十数本の照空灯が青白い槍(やり)となって空を射た。つづいて高射砲弾が安い花火のように散りはじめた。

 赫中尉は僚友島田機が心配だった。ふとふりかえってみると、島田機は青白い光芒(こうぼう)と光芒の中にはさまれて、まるで白い鳩のように光っている。

「しまった。捕捉されている」

 高度を三千に上げながら、中尉は僚機の救出を考えた。いつもなら、夜光塗装をほどこした計器板に、高度差のため気象の変化が起って、露がたまるのを美しいなと思いながら帰途につくのだが、中尉は再び機首を飛行場上空に返して、わざと翼灯(よくとう)をつけた。

 地上ではエア・クラフト・ロードの大型機が燃えているのだろう。ガソリンの炎が三条高く空をこがしていた。

 敵は大胆な中尉機の翼灯に、照空灯と高射砲を集中してきた。

「しめた。思うつぼだ」

 敵の注意力を錯乱させて、その間に僚機を救出しようという戦法だった。果してそれはみごとに成功し、島田機は照空灯の捕捉から離脱した。

「よしッ!」

 中尉は低空へ急降下しようとした、その瞬間、敵の高射砲の弾幕が中尉機を捕えたのである。機はたちまち火の玉となって、空中にはじけ散った。

「中尉殿!」

 島田少尉は暗夜の上空で、散華してゆく長機をみつめながら、感きわまって、男泣きに泣いたのであった。


兄戦死で勇気百倍

 競中尉は兄赫中尉の戦死の報に接したときクアンタンの飛行場にいた。

 マレー半島の東岸部隊は、シンガポールから百二、三十キロ北東にあるマレー中南部の要衝エンダウを占領し、メルシンに向かって進撃中であった。そして更にわが方はこのエンダウに三千トン級の輸送船二隻をもって揚陸を開始した。

 この輸送船は駆逐艦、潜水艦に守られていたが、上空警戒はもっぱら林田競中尉の属する武田戦闘機隊の任務であった。そのため武田部隊は、二、三日前クアラ・ルンプールからこのクアンタンへ進出してきたのである。

 クアンタン飛行場はすでにわが侘美支隊で攻略され、飛行場は整備されていた。競中尉は、兄戦死の報を、宿舎の庭できいたのであった。

 その宿舎は、前に英人の住宅だったらしく、広い芝生があって、仏桑華(ぶっそうげ)の赤い花やイカダカツラが咲き乱れていた。それから一本のタマリンドの木があった。その木に古びた蔓(つた)がからみついている。蔓は藤の豆のような豆の房をつけていたが、それが微風にゆれたかと思うと、実がはじけて飛び散った。

 競中尉はそれをみていやな感じがした。その時、当番の後藤上等兵が来て、赫中尉戦死の報を知らせたのであった。

「そうか、何かそんな予感がしたのだ」

「よしッ! やろう、今日は二人分やろう」

 わめくように大声でいって立上がった。


【仏桑華(ぶっそうげ)=ハイビスカス】
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将棋の「王」弟の一命を護る

 双生児はとりわけ血の濃さを感じるらしく、赫、競の兄弟は小さい時から、いつも目にみえない共通の運命を感じていた。

 小学校時代、弟の競が蝦(えび)のサラダに中毒し、猛烈な吐瀉(としゃ)をやってうなっていた時、兄の赫は自転車に刎(は)ねとばされて、血まみれの足を曳(ひ)きずって帰ってきた。

 同じ日に起った偶然といってしまえばそれまでだが、兄弟はそこに共通の運命と血の濃さを感じとっていたのである。

─── お前たちは、けっしてあたり前の人間だと思うな。半分づつ合わせて一人前の男が出来上るのだぞ ───

 父はそれを激励の言葉として言っていたのだろうが、兄弟には深く心の底へしみこんでいたのだ。

 その日十七時十二分(現地午後惨事十二分)競中尉らの編隊は交代時間になったので、船団上空警戒のためとびたった。

 基地からエンダウまでは百キロ近かった。と、半分以上も飛んだころ、交代時間で基地へ帰ってくる友軍機にしては少し数が多いようにも思える。

 次第に近づく編隊は、やがて点からゴマ粒大になり、雀ぐらいに大きくなった。

「敵機だ!」

 合計三十四機が二梯団(ていだん)となって、わが船団をおそってきたのだった。

 敵はわが方のエンダウの揚陸を大部隊の上陸だと思い、ありったけの航空兵力をかき集めて撃滅にきたのだ。

 たちまち、物(もの)凄(すご)い空中格闘戦が展開された。

「自分の分だけではない。兄の分も……」

 競中尉は阿修羅(あしゅら)となって、敵機をうちまくった。折柄(おりがら)上空にあった友軍機もかけつけて、二十四機対三十四機の空中戦となったが、見敵撃滅の陸鷲精神が圧倒的に勝利を占めた。中尉はリードフィッシュ三機を撃墜した。

 交戦、三十二分。その間に敵戦闘機八、爆撃機および雷撃機十五、噴爆艇一 ─── 計二十四機撃墜という戦果をあげ、わが方は不時着大破一、中破一、被弾機六で戦死者は一人もなかった。

「兄さん、今日は立派に二人分はたらきましたよ」

 競中尉は宿舎に帰ると、夜空に向かって兄の霊に報告した。それからシャワーを浴びるために浴室に立った。

 飛行服をぬぎながら、ふと胸のあたりに手がふれた。コトリと固いものが生地の上から手に感じられた。

 よくみると、そこに煙草(たばこ)の火でこがした程の穴があった。あわてて、手を左胸に突込むと、内ポケットの煙草ケースと兄の位牌の間から一個の機銃弾をつまみ出した。

 この位牌は兄の戦死の報をうけて、とっさに将棋の駒(こま)の王の裏に赫の名を書いて、兄の身替りのつもりで出撃していったものであった。

「兄さん! 兄さんは僕を守ってくれましたね。有難(ありがと)う」

 競中尉はその駒に、感動をこめて合掌したのであった。







  • 最終更新:2015-06-04 21:08:11

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