兄の魂があらわれた



出典:1976(昭和51)年 現代評論社 苗村七郎 「万世特攻隊員の遺書」所収 
     第四三二振武隊松本久成少尉ご実弟の手記 「兄の魂があらわれた」


 終戦当時、小生は中学一年生で空に憧れつつ学徒動員で日夜活動しておりました。兄が十八年十月古河、十九年三月仙台、十九年八月平安鎮にて九七式戦闘機未習、十九年十二月ハルピン孫家にて二式単座高等戦闘機未習迄は音信も続いておりましたが二十年三月戦災に逢い、二十年四月の四平、第五練習飛行隊(特攻教育)より知覧→万世と出陣以后(後)まで音信不通。近所の同じ姓の松本さんから"もしかしたらお宅の息子さんでは?"と持参されたハガキによってはじめて二十年五月十九日特攻隊員として出陣したことを知ったのです。(注)知覧ではなく五月二十八日万世より出撃している。

 その他にも手紙が来ていたとの事ですが、郵便局が焼けたとかで手紙は届かず、夏に入る頃はからずも遅れて届いた私物の包みが家に送付されたのみです。

 その後終戦となってから、近所の人びとと夕涼み中、夜空にそれまで信じてもみなかった神霊現象を目のあたりに見ました。そのとき、直感的に音信不通だった兄の魂ではないかと思われました。その神霊現象は三晩にわたって現れたのを親戚の者も見ており、「家族の安否を気づかって北東から南西にかけて一すじ、兄の魂が現れたのだ」と家族全員で話合ったことがありました。

 音信不通で最後の出陣日を告げることもできずに突入した兄の魂が、故郷東京の空に戻ってさ迷い家を捜していたのではないかと思われ、三晩兄の魂を見、三日目の晩"兄が来た"と小生が口にすると少し長い間光ってから消え去り、その後は再び夜空に見ることはなくなりました。

 これは三十年前の出来ごとですが、当時父親は信用せず「あんなに元気な久成が死にっこない。必ず生きて帰ってくる」といい、路上に兄と似た人を見るといつまでもそれを見つめていました。その三年後公報が入りましたが兄の姿を十三年間追い続けた後永眠し、今は過去の人となってしまいました。(後略)

 

  • 最終更新:2016-05-28 12:53:54

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