ギンバイ

【ギンバイ】
コネを利用して、食物をひそかに手に入れることをギンバイといった。なんにでもすぐにたかる「銀蠅(ギンバエ)」からきた言葉で、それがなまったものだという。コネの利用のほか、食物をそっとカッパらったりチョロマカしたりすることもギンバイという。



出典:1984(昭和59)年 光人社 岡正雄著 「予科練よもやま物語」


ギンバイ

 夜、巡検後。烹炊場(ほうすいじょ)近くの薄暗い物陰で。

 主計兵「これ……」と、小さな袋を渡す。

 練習生「どうもすみません」小声で礼をいう。

 主計兵「いいから早く行け。見つかるなよ」いそいそとその場を立ち去る練習生。

 その練習生と主計兵は、故郷が同じ町で、主計兵は練習生の小学校の先輩。

 練習生は、そっと兵舎にもどると、あたりのようすをうかがいながら、素早く釣床(つりどこ)にもぐりこむ。毛布の中で、たったいまもらってきた袋の手ざわりをしばらく楽しむと、おもむろに袋の中からカンメンボー(小さな乾パン)の一つをつまむと口に入れる。寝静まった兵舎の中で、ポリポリと音をたてて、カンメンボーを噛むわけにもいかない。口の中にいれたままにしていると、やがてジワーッとかすかな甘みが、舌の上にひろがってくる。思わず、練習生の顔に笑みが浮かぶ……。

 このようにコネを利用して、食物をひそかに手に入れることをギンバイといった。なんにでもすぐにたかる「銀蠅」からきた言葉で、それがなまったものだという。

 コネの利用のほか、食物をそっとカッパらったりチョロマカしたりすることもギンバイという。このほうが、ギンバイの本来の意味かもしれない。もちろん、ギンバイが見つかればただではすまない。ギンバイの対象物は食物だから、カッパライの現場を見つかりでもしたら、主計兵から袋叩きにあいかねない。

 だが、「一ツ、軍人は要領を……」とかで、見つかりさえしなければ、仲間にも大きな顔ができた。ギンバイした物は、仲間うちで分けたりすることが多いから、「ギンバイの名人」などとたてまつられたりする。

 主計科の方でも、ギンバイされたからといって、犯人さがしをするわけではない。「またヤラレたか……」くらいですましてしまう。やる方とやられる方に、暗黙の了解みたいなものがあった。

 私たち練習生のギンバイは、せいぜいコネを利用するくらいのこと。だが、一般の兵隊サンになると、いろいろとやったらしい。

 軍艦が港にはいると、食糧を積み込む。主計科のほか、他の科からも応援がでて、米、麦、野菜、漬物などや、味噌、醤油、砂糖などを運び込む。応援の科の者は、米、麦などの運搬にまわされる。野菜、味噌、醤油などをまかすと、どこに消えてしまうかわからなかったからだ。

 それでも、その米袋が、ときにはなくなったりしたという。どうするのかといえば、米をチンケース(石油の空罐)で炊き、銀メシとしゃれこんだらしい。そして、これもギンバイした野菜や罐詰(かんづめ)などをおかずにして。

 主計兵が、汗を流して野菜を肩に運んでいると、とおりすがりに「サッ」と手がのび、アッというまに玉ネギをかっぱらって姿を消す者もいたという。

 こうした直接的なカッパらいのほかに、主計兵にいやがらせをしたりして、食物をせしめることもあったらしい。とくに機関科あたりに多かったという。

 烹炊場で、メシを炊くのは蒸気釜。その釜に蒸気を送るのが機関科だから、主計兵が「ワイロ」をおくらないと、スムースに蒸気を送ってもらえなかったかららしい。これなどは、自分で手をくださないギンバイの一種である。

 いずれにしろ、海軍の軍人で、士官をふくめて、ギンバイを知らないのはモグリであるといえるほど、ギンバイは一般的なものであった。







  • 最終更新:2014-11-09 06:08:49

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