【菊水部隊天山隊】植島幸次郎
植島幸次郎
明治大学
神風特別攻撃隊菊水部隊天山隊
昭和二十年四月六日南西諸島にて戦死 二十三歳
日記より
飛行作業のない日 (日記より)
昨夜、床の中で ─── 床に就くまでは、皆でパイカン (*1)を開けたり、ブドウ酒や紅茶シロップ、ミカンの罐詰を飲んだり食ったり、相当遅くまで雑談、Y談に耽(ふけ)ってゐたのであったが ─── 清水(享)が、"植島よ、お母さん何と云(い)っても良いな……" と感慨深く云った言葉に、漠然と "ウヽン ─── " と洩らして見たが、私の思想には決してそれ以上のイマジネーションは浮かばなかった。
何故(なぜ)だらう?
今の私は、たヾ今の現実と空だけしかない ─── あの岸がよく注意してくれた處(ところ)の自棄的と破壊的と、それだけしかないと云ふのであるか?
或(あるい)は全くその通りであるかも知れない。
昔、あれ程考へてゐた母のことは忘れてゐる日が多い!
あヽ何といふ親不孝者よ!
又然(しか)し、反面それだけ搭乗員らしくなって来たこともお慥(たし)かな處であらう。全(す)べてを忘れよ。
お前の戀(恋)人は、あの果しない遠く高く青い大空よ!
時々K子を思ふ。馬鹿だった日とは思ふが、瞬時ではあった。短い年月だっただけい、たのしい夢に違いないものであった。
昭和十九年十月五日 木 (雨) 午後五時於私室
雨が降る、昨朝から降り出した雨である。
忘れてゐたダイアリーを取出して、今日から書いて見ようかと思ふ。
一年たつと随分人間の立場と云ふものが變(変)るものだと思ふ。
去年十月一日入隊式をして感激の軍艦旗を仰いだ日から今日迄(まで)。
私室が變って気分も一新、皆(み)な質の良い少尉でたすかる。それに下と異って階上は静かである。思ふ事も多くなるだらうか。
私は皆と一緒に勉強しなければならないと思ひながら出来ない。
今日、姉さんから手紙が来る。茶が届いたさうな。お嬉(よろこ)び。然し今は別に誰とも会ひたくない。母とも ─── 面倒な心理。
自分の地位が自由を與(与)へられてゐる証拠だ。静かな夜など、静かな瞑想に耽りたいショックを感じる。つヽましい、物静かな、私はやはり地味な生活を願ってゐる小市民的な人間に違いないことをつくづくと思ふ。
十月廿一日 (*2) 土曜日 (但し土曜日課にあらず)
自分が良い子にならうとか、カーブを上げようとか、さういふさもしい心でなく、毎日を堅実に一歩々々と礎石を積み、そして次第に認められつヽあるといふ事実。こんながっちりとした地盤のしっかりしたたのもしさはないと思ふのである。
充実した生活をしなければ嬉びはない……と云ふことは、遠い昔、商業学校時代に深く考へたことではあったが。
私は日毎私室にゐる時間が多くなって、軍隊で云ふ悪い意味に続いて行くのを意識する。
青びょうたんのヘナヘナ士官になって了(しま)ふ。
このところ雨天が続いて ♈ (註・飛行機の記号)作業も思ふやうに進まず、學生もすっかりダレてしまって、教務をやっても実に張合ひがないことおびたヾしい。
學生と共に空中を心行くまで飛んで飛んで飛び切る嬉び。男、本当の男の姿をそこに見る。私は何時(いつ)も最後の搭乗が終って地上指揮官に届けに行く間早駈けする。ハチ切れるやうな届け方、男らしさ、これぞ本当に充実した男の世界。
日毎濃くなる秋の足音を強く聞きながら、私は何を書き続けやうと云ふのであらうか……。
一昨々日、東京に歸(帰)って見た。母は旅行、長野善光寺行き、もう全部のたのしみの内の1/2を失ってしまったやうな。然しながら何のかんのと気をつかってくれた姉に対して大きく感謝しないわけに行かない。行きの汽車に乗った瞬間に半分は終ったやうな具合。東京行の汽車の中で刻々と変って行く娑婆(しゃば)の情勢を思ふ存分、明けずけ見せられるやうな気がするのであった。海軍の武人佐官クラスの人が人垣の上から乗り越えて、窓から辨(弁)当を購入してゐる風景。
見る度に變(変)化して行く女性の風俗。
充實(実)した生活を続けよ!
其處(そこ)に汝(なんじ)現在の生活の最大の輝きを見ん。
高知空に於ける朝の一刻 ─── 思ふ事なぞ
いろいろと過ぎし事なぞ考へてゐる内に、私の思想は思ひがけない躓(つまづき)にぶつかってゐるのを知る。何か。どの顔を見てもKに見えるのである。惚(ぼ)けてゐるわけぢゃないが、否忘れてゐる筈(はず)なのに、又忘れなければならない筈なのに、考へれば貧しい私の思想と云はねばならぬ。Kは今頃、世の中で最も罪多き者として、若さも美しさも全(す)べてを天上から奪はれて、それでも暗い寂しい生活を続けてゐる事であらう。
本当にさうかしら? 反面
甘い甘い君の思想! と侮られてゐるのも思ふ。Kは昔の事などきれいに忘れ、否そんなイメージを自らの勲章として、次から次へ新らしい現實(実)をとらへて歩みつヽある……かも知れない。
あヽ分らない。こんな事は、もうどうでも良いのだ。考へるのを止(よ)そう。
失望
秋の夜のやうな物憂い大気の流れ、ここは冬とも思へない暖かさ。
静かに思想する時間を欲しいと思ってはゐるが、今は仲々(なかなか)それを求める事は出来ないのである。私の精神は堕落してゐるのであるか。
然(しか)り。
二年前に秘かに考へてゐなかった事ではなかった……が。この宿愁 (*3)の地の土を踏むとは思ってもゐなかった。
君等(きみら)は俺の生活 ─── 過去を知るまい。
あヽ美しい一個の絵巻物のやうに華やかな秘密。
君等はあの ─── を知るまい。
そしてこの現在の俺の生活、苦痛を知るまい。
嗚呼(ああ)。
ペーソス
物語りの中の悲劇の主人公はあまりにも痛切に読者の胸を衝くのであるが、現實(実)の中の主人公は多分に悪魔的な快感を味ってゐるのではなからうか。現に君自身が。
Kの事だってさうぢゃないか、明らかに ─── 。
K市でもしも君がKと会ってゐたら、今の君の気持も現在より大分變(変)ったものであらう。
それが結果の良否は別としても。
操縦員Y君へ
君は死と云ふ事、愛人の事、更に人生の事が様々に亂(乱)れて、今非常に惱(悩)んでゐるやうである。
君は廿五歳、戀(恋)人を待った事のない名門の君の気持は、私から見れば非常に清らかである。
君の迷ふ気持も分らないではない。
でも少くとも僕には君が大らかなる気持を忘れてゐるのではないかと思ふのである。
簡単に云へば、度胸と云ふものであらうか ─── ?
こんな偉さうな事を云ってゐても俺も君と一緒に死ぬ。
Aの事
安っぽい奴さ。
意味もない。
過去私の通って来た嫌悪さる部類に入る女である。
ぐんぐんと魅きつけられたKの場合と正反対。
愚しき真似はすまじ。
静かに身の廻りを整理しよう。
ならう事なら母へ最後の御挨拶と、
姉へ遺書を残して置かう。
私の来るべき日は、静かに迫ってゐるのだ。
K子よ
廿四年の生涯に於て
K市に生れたK子の事を本當(当)に純眞な心で愛することの出来た俺と云ふ男は幸だったと思ふ。
あんな結果になって、終生離れじと誓った二人だったのに、別れてはしまったけれど。
そしてこの事は、怒の一年の後に、君の事を真に愛してゐた自分の心理を慥(たし)かめるのに愚しくなかった事。
Kよ、今K市で君は汗をだして働いてゐるだらう。
俺は君に恨まれてゐるかも知れないが、
君を本当に愛してゐた自分を見出して幸である。
【出典】1953(昭和28)年 白鷗遺族会編 「雲ながるる果てに-戦没飛行予備学生の手記-」
- 最終更新:2015-11-30 06:46:50