【第二筑波隊】熊倉高敬

熊倉高敬

専修大学
神風特別攻撃隊第二筑波隊、昭和二十年四月十四日南西諸島に於て戦死、二十二歳


 痛 恨

 四月五日(昭和二十年)

 〇六三〇 (*1)、整列、愈々(いよいよ)出撃だ。
 
 気象通報の来るのを待って飛行場待機、皆写真撮影、これで筑波とも、この世ともお別れである。

 明日の総攻撃に参加すべく、〇九四〇発進、総員に見送られて二十一機離陸、上空を暫(しば)らく旋回進路を東京上空に取り、一路鹿屋空に向ふ。途中、天候良好ならず。

 九州に入って東海岸を陸地にまたがつて飛ぶ。富高の飛行場を眺め、暫らくするうち笠の原上空にかヽり、鹿屋上空に至る。一回して滑走路に着陸、砂塵が凄い。全機無事着陸して集合。


航路_富岡_鹿屋.jpg


 六時半日没となる。暗きなかをこヽ国民学校の教室へ引き揚ぐ。整備員徹夜で整備、明日の出撃の用意をなす。着のみ着のまヽ寝る。皆頭を揃へて────明日の出撃、轟沈を夢に見つヽ。ねる前、洗面しに出たところ林大尉に会った。珍らしい処(ところ)で会って久し振りに昔物語りをする。なつかしいものである。成田も居(お)つた。


 四月六日

 良くねた。小川の流れで洗面、朝食を済ませて八時より中島中佐の特攻隊員に対する話あり。九時より通信長と電話略号及び連絡方法について協定す。

 一〇時、一寸(ちょっと)の間を見て最後の手紙を走り書きし、八重桜の花を二つ三つ封入して荷を整備す。もう何も思ひ残す事はない。数刻後には見事体当りして行くのである。遺書でもないが、一寸書いただけで気が落着いて来た。


八重桜2_550.jpg


 十一時、昼食、直ちに飛行場指揮所に集合。白、赤、黄、紫、青、色々のマフラーで各自の区隊の団結を示し、若武者は集ふ。日の丸の鉢巻を飛行帽の上にして背に流す。昔の白虎隊の如き感じ。十二時、十航艦長官命名式────早くも
一時、第一区隊、沖縄を目指して、二五番(註・爆弾)を翼下にさげ砂塵を上げてスタート。千何百隻かの輸送船、巡洋艦、戦艦、駆逐艦、全部海底のもくずと化さんと出撃す。あヽ。

 自分の区隊の番も遂に廻って来た。中島中佐指揮官に届けて出発、飛行機を壕内より引き出し、全列機を率ゐて滑走路上に上り、離陸せんとせし刹那、なんと、投下器より爆弾投下す。残念ながら機を外に引き出して、もう一度爆弾を吊らんとするに、全然故障して吊ること出来ず。残念と後をふりかへり見れば、四番機も落して停止し居るのを発見、夕刻せまり攻撃が夜となるのを直感、急いで二、三番機を離陸せしめんと離陸地点に走りゆけば、二、三番機心配さうに吾(わ)が顔を眺むる如し。手旗にて「ユケ」と信号す。二番機了解して離陸す。機に戻りて爆弾を見れば、整備員汗を流して努力すれど、遂に投下器を交換せねばならなくなってしまつた。

 ああ何たることであらう。後れを取つた!

 歯をかみ、落つる涙を堪へて (*2)、指揮官に届け、三〇分後修理完了せば出発せんと報告するに、出発を止められ次回に廻されてしまつた。自分一人かと見れば、四番機一ノ関少尉も草むらの中で泣いてをる。大部分の機もやはり爆弾を落したが、時間が早かつた関係で、修理が間に合つて飛び立つて行つた。落すまいとしても落つる涙をどうする事も出来ず、残念なり! 三人して分隊長の前で泣いた。実に不覚を取つた────。

 日没となり、暗くなるので、また小学校へ引き揚げて来たが、合はす顔がない。頭のなかがグラグラする。でも二人の部下の手前、気を落すことも出来ず、残念ながら苦しき顔して次回の攻撃に必ず参加し、倍以上の戦果をもたらさんことを誓ふ。

 諦めても眠れるものではない。食事もいらぬ。くやしさで一杯である。長官の言葉など全然耳に入らぬ。分隊長の言葉も駄目である。この気持は解るまい。あヽ俺はどうして運が悪いのか。

 今頃は皆沖縄海面を紅の海と化して、浮かべるものを沈め、飛ぶものをたヽき落して笑ひながら俺の行くのをあの世で待つてゐる事であらう。時計を見ては、最後の編隊も突入した頃だと思ふ。今頃沖縄附近の空は真ッ赤に色づいて火の海と化してをる事であらう。


 四月十日

 寒さが、またやつて来た。

 強風を衝いて彗星が増槽(註・ガソリンタンク)を左右に下げて、早朝から出撃、索敵をしてゐる。東天明るく、西南の方暗雲低くたれこめをれど、上空晴天なり。

 今日こそ出撃と、朝早くから待機する。もう、この日記を書く暇もない。これで筆を置く。誰の手を経てか届く事があらうが、俺の父母にも宜しくお伝へ願ひたい。必ず今日の出撃には土産を得る事と信ずる。大きな正規空母でも土産にあの世で楽しまう。乱暴極まる字を見て驚く事を思ふ。また索敵機が頭上を飛び立つた。吾等(われら)の出撃も間もないだらう。

 飛行帽の下に、きりりッとまいた日の丸の鉢巻、必ず轟沈をせん。朝日をあびて、愛機は待機して居る。わが荒鷲は命令一下、数秒をあらそつて飛び立つのである。見よ、日本の朝ぼらけ! 神機今まさに至らんとす。

 行け! 若鷲、必殺必中の意気に燃えて!
 四月十二日、午前十時。さらば
 皆々様の幸福を祈る




【出典】1953(昭和28)年 白鷗遺族会編 「雲ながるる果てに-戦没飛行予備学生の手記-」

  • 最終更新:2015-12-02 09:36:40

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