【第三御楯隊】伊熊二郎

伊熊二郎

日本大学
昭和二十年四月十一日南西諸島にて戦死、二十三歳


 川柳合作

昭和二十年三月二十五日
二一〇航空隊は愛知県碧海郡明治基地に於て神風特別攻撃隊第三御楯隊として編成さる。

同年三月二十八日
沖縄島攻撃菊水一号作戦参加の為、鹿児島県出水基地へ進出。

同年三月三十日
六〇一空指揮下に入る為、同県国分基地に集結、四月二十日迄三回の出撃あり、全機消滅の為解散、その当時前記四名にて合作せしもの。(百首)


 予備士官宿舎にて

 生きるのは良いものと気が付く三日前

 後三日、酔うて泣く者、笑ふ者

 ジャンケンで羊カン喰って腹こわし

 未(ま)だ生きてゐるかと友が訪れる(他隊の同期と久々の対面なり)

 能筆(のうひつ) (*1)は、遺書の代筆よくはやり


 する事のない今日、明日の死が決まり

 明日死ぬと覚悟の上で飯を喰い

 沈んでる友、母死せる便りあり

 悩みある友の気紛(まぐ)れ我黙り

 女とは良いものだぞと友誘ひ


 雨降って今日一日を生きのびる (*2)

 雨の日は飲んでれば良いひとり者

 宿の窓、今日は静かに雨がふり

 明日の空、案じて夜の窓を閉め

 雷撃機、月をかすめて飛んで行き


 人魂を見たぞと友の青い顔

 人魂ものたくって飛ぶ十三期 (*3)

 女房持ち、人魂行きつ、戻りつし

 幽霊はあるぞないぞと議論なり

 明日の晩化けて出るぞと友脅し

 明日征くと決まった友の寝顔見る

 神様と思へばおかし此(こ)の寝顔

 人形を抱いて寝てゐる奴もあり

 人形へ彼女に云(い)えぬ事を云い

 真夜中に、遺書を書いている友の背(せな)


 待機中、指揮所にて

 諸共(もろとも)と思へばいとし此のしらみ

 殺生は嫌ぢゃとしらみ助けやり

 体当りさぞ痛からうと友は征き

 痛からう、いや痛くないと議論なり

 これでかう、ぶつかるのだと友話し

 最後まで大物(空母)くひと小物(輸送船)くひ

 十三期特高専門士官なり

 死ぬ事に馴れて特攻苦にならず

 特攻も予備士官なる意地があり

 アメリカと戦ふ奴がジャズを聞き

 ジャズ恋し早く平和が来れば良い

 最後まで娑婆(しゃば)気のぬけぬ十三期

 撲(な)ぐられる度胸の良さも十三期

 予備士官なる辛抱に口惜(くや)し泣き

 よい天気、今日特攻機何機出る

 一人前成った処(ところ)で特攻機

 出撃の時間くるまでヘボ将棋


 出撃の命下る

 Z旗に、来たぞ長さん待ってたほい

 今日は先(ま)づこれまでなりと碁石置き

 夕食は貴様にやると友は征き

 記念品受けて従兵涙ぐみ

 犬に芸教へおほせて友は征き

 特攻へ新聞記者の美辞麗句

 特攻隊神よ神よとおだてられ

 特攻のまづい辞世を記者はほめ

 二十五で死んで若さを惜しがられ

 神様が野糞たれたり手鼻かみ

 不精者死際までも垢だらけ

 櫻花折って背中へ差してくる

 昼めしは揃って花の下で喰ひ

 神様の大飯くひに唯(ただ)あきれ

 マラリヤの友に代って出撃し

 特攻は特攻なりに義理があり

 貸し借りは貸し借りなりと固い奴

 いざさらば小さな借りを思ひ出し

 隊長の訓示も今日は耳に入り

 各々(おのおの)のふるさと向ひて別れ告げ

 萬歳が此の世の声の出しをさめ

 別れ酒もう一杯と強い奴

 俺の顔青い色かと友が聞き

 きん玉はたれてゐるぞと友笑ひ

 訣別に友は少うし改まり

 必勝論、必敗論と手を握り

 手を握る友の力の強い事

 勝敗はわれらの知った事でなし

 搭乗前いつものやうに煙草すて

 マスコット一寸(ちょっと)つヽいて友笑ひ

 分隊士願ひますよと後へ乗り

 エンヂンが唸れば機上に花が散り

 散る櫻よくぞ男に生れける

 乗ってから別れの酒の酔(よい)が出る

 脚を折る心配なしと友笑ひ

 慌(あわ)て者小便したいまヽで征き

 乗ってからポケットの金思ひ出し

 機上にて涙の顔で笑って居(い)

 死ぬ間際同じ願ひを一つ持ち

 父母恋し彼女恋しと雲に告げ

 黙送の中を静かに特攻機

 慕はれる隊長一番先へ征き

 一編隊離陸の度に花が散り

 帽を振る手のくたびれた整備員 (*4)

【帽振れ】
常磐忠華隊・百里原基地離陸・西森秀夫大尉.jpg


八紘第七隊丹心隊@明野飛行場.jpg

 整備員特攻出して気がいかれ (*5)

 損ばかりさせた悪友今ぞ征く

 あの野郎、行きやがったと眼に涙

 ト連送(突撃合図) (*6)途中で切れて大往生

 童貞のまヽで行ったか損な奴

 今日も亦(また)全機未帰還店閉(じま)ひ(指揮所の後かたづけ)

 還らぬと知りつヽも待つ夕べかな

 今日も亦全機還らず月が冴え

 春の空今日も静かに暮れて行く

 友を待つ空にまばらな星のかず


 宿舎に帰りて

 従兵は夜毎寝床の数を聞き

 次々と煙の如く友は失せ

 ふえてゆく遺品従兵もてあまし

 遺品中自分のやった品もあり



【出典】1953(昭和28)年 白鷗遺族会 「雲ながるる果てに-戦没飛行予備学生の手記-」

  • 最終更新:2016-02-16 13:07:28

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