【神風特別攻撃隊第一正気隊】安達卓也
「両親との面会」(手記)
海軍少尉 安達卓也
神風特別攻撃隊 第一正気隊 東京帝大出身 二三歳
遥かな旅の疲れの見える髪と眼のくぼみを、私は伏し拝みたい気持で見つめた。私のために苦労をかけた老いが、父母の顔にありありと額の皺(しわ)にみられるような気がした。なにも思うことが云(い)えない。
ただ表面をすべっているにすぎないような皮相的なことばが、二言三言口に出ただけであり、剰(あまつ)さえ思うことはぜんぜん反対のことばすら口に出ようとした。ただ時間の歩みのみが気になり、見つめること、眼でつたわり合うこと、眼は口に出し得ないことを云ってくれた。母は私の手をとって凍傷をさすってくださった。私は入団以来はじめてこの世界に安らかに憩い、生れたままの心になってそのあたたかさをなつかしんだ。私はこの美しい父母の心、温かい愛あるがゆえに君に殉ずることができる。死すともこの心の世界に眠ることができるからだ。
わずかに口にした母の心づくしは、私の生涯で最高の味であった。涙とともに呑(の)み込んだ。心のこもった寿司の一片は、母の愛を口移しに伝えてくれた。
「母上、私のために作ってくださったこの愛の結晶を、たとえ充分いただかなくともそれ以上の心の糧を得ることができました。父上の沈黙のことばは、私の心にしっかりと刻みつけられています。これで私は父母と共に戦うことが出来ます。死すとも心の安住の世界を持つことが出来ます」
私は心からそう叫びつづけた。戦の場、それはこの美しい感情の試練の場だ。死はこの美しい愛の世界への復帰を意味するがゆえに、私は死を恐れる必要はない。ただ義務の完遂に邁進するのみだ。一六〇〇面会時間はすぎた。ふたたび団門をくぐって出て行かれる父母の姿に私は凝然として挙手の礼を送った。
【出典】1967(昭和42)年 河出書房 猪口力平/中島正著 「太平洋戦記 神風特別攻撃隊」
- 最終更新:2016-03-14 08:18:13