【特攻隊とマスコミ】朝日新聞|昭和20年6月28日掲載

出典:1977(昭和52)年 原書房 寺井俊一編 「航空基地 都城疾風特攻振武隊」 都城特攻隊取材録


征夷、顕正隊神鷲の出撃
 殺気迸る突込み
  来る日も来る日も猛訓練

 続々入ってくる一本調子の無電、まさしく「われ突入」二十一日天候回復の時間を利して憤然出撃した振武特攻隊の精鋭征夷、顕正隊神鷲最後の報告であり、醜敵頭上からの基地への悲壮なる訣別の辞でもある。戦勢日に日に悪化する沖縄戦局を前に切歯扼腕沸(たぎ)る戦意を内に燻らせてゐた特攻隊は遂に爆発的奇襲攻撃に成功、全機が一億積怨の醜敵めがけてただ真一文字にいまこそ突込んだのだ。

【第二十六振武隊征夷隊】
第26振武隊征夷隊2.jpg

 沖縄薄暮の空をあかあかと焦し一大火柱とともにみるみる傾斜、巨体を海水に呑まれて行く敵艦舶断末魔の醜い姿、電探回避、あくまでも敵の意表に出る慎重果敢な近接航法、あの手この手と練りに練った奇襲攻撃の秘術を尽して突込んだであらう神鷲達を想ひながら基地本部に在って暫らくは相次いで傍受されたこの尊くも壮烈なる全機突入の飛電を前にいまなほ記者の瞼にありありと浮ぶのは出撃の前日まで積重ねられて行った激しい猛訓練の相であった。

 "あの勇士達なら……あの腕なら"無条件に肯けるこの無電である。"出撃近し"の報に、骨身を削る猛演習の度は日毎に高まって行った。記者が見たあの最後の悽愴極まる突込みの訓練、あの日の姿そのままにいまこそ愛機"疾風"を駆って轟然慌てふためく敵頭上に炸裂して行った神鷲、ほんの数刻前御賜の煙草を心ゆくまで戴いて「全部揃ってこの新鋭機なんですからね、ピシャリ大丈夫、絶対請合ひ空母か大型必ずやります。」と悠容 (*1)迫らざる微笑とともに端然たる挙手の礼をあとに勝利の爆音轟々、一機また一機、憑かれたもののやうに南西の夕空に消えて行った人達、ともにこの基地にあった疾風、天翔の両隊も跡を追って廿(二十)二日には相次いで見事に突入、敵に一大鉄槌を加へたが同時にこの基地に集結、伎倆も逸揃ってゐた征夷、疾風両隊の訓練こそは洵(まこと)に凄絶──鬼気迫るまでの殺気をはらんだあの一瞬の急降下、突込みのすさまじい様相が未だ網膜に甦ってくる。

【四式戦闘機疾風】
疾風.jpg

 敵艦上の米記者はわが特攻の凄さを報じて"地獄への跳躍"といひ"理解に苦しむ自殺行為"と形容したが、この一語のなかにこそ偽らざる彼奴(きゃつ)らの恐怖への告白が滲みでてゐる。記者はかつてグラマンの銃撃を受け、機関砲を暴れ射ちにしながらすぐ頭上を飛び去った敵機の不気味さを具(つぶ)さに体験したが、猛演習のときみたこの神鷲たちの突込みは明らかに友軍機とわかりきってゐながらもなほかつ頭上を過ぎるその瞬間にはこのままやられるのではなからうかと過ぎし日の兇弾の洗礼以上の殺気を覚え悪夢に憑かれたやうな凄さを感じたのである。

 修武台 (*2)と学鷲 (*3)出身者ばかりから成ったこの両隊はかつては戦闘機隊にも属し特攻隊編成以来内地はもとより支那大陸でも終始行動を同じくし、気心、練度ともにピッタリ一致、謂(い)はば双生児のやうな融けこみ方であった。「くそ邪魔に来てみろ、グラの二機や三機べらんべらんにやっつけてから突込んでやる」と単なる強がりではなく爆装のほかに戦闘機同様全弾を装塡、直掩機なしで勇躍出撃して征ったが、各自の全飛行時間においても、またむつかしい新鋭機の掌握時間においても稀にみる練度高い優秀隊であった。

 「たとへちょっとの間とはいへこれくらゐの雲で編隊から遅れるなどもってのほかだ、貴様達いったい何時間乗ってきたカッ、単に突込めばいいのとわけが違ふぞ、特攻隊はみな死ぬんだ、ただ必ず命中、しかもなるべく大きな奴を撃沈してこそ意義があるんぢゃないか、こんなことでどうするッ」なかでもいちばん張り切ってゐた疾風隊副隊長の川村中尉の指揮ぶりは徹底してゐた、機が不調のため満足するまでその日の訓練ができなかった隊員には自分の愛機を貸しては幾度も乗せた「けふは晴れ上った夢を見たよ、空が青い、しめたッと思っている中(うち)にそれがいつの間にか那覇の海の色に融けこんでしまってるんだ、変だなあ、敵がサッパリゐねえや、油もないしとすっかり慌てちまったら覚めちゃったガンスイだよ」市村少尉が忌々しさうにいふと二、三人が「三日も乗らぬと調子が悪くなるなあ××機戦艦水柱一本ちゃぽんなんてのはぐらりだぜ」と大笑ひする。

 本格的の梅雨になって一週間、飛べなくてくさりきったこんなときには敵泊地偵察写真、気象図、地図などを手にム部隊長を真中にして全隊員でよく長時間図上作戦を練ってゐた「陸上と水上では要領が違ふ、けふは海に出よう」誰いふとなく話がまとまり遠く海岸線に出て沖の軍艦型の巨岩を攻撃目標に選んだことも一度や二度でなかった。

 征夷隊長相良中尉以下両隊全員みないづれも劣らぬ腕をみせ迫り来る晴れの日を前に各自の自信は日と共に強くなって行ったが、わけても最後の訓練の日など特に意気込み物凄く、その圧倒されるやうな雰囲気にふと我に返った記者までなんとなく気負ひ立ってゐる始末だった。いつものやうに一通り編隊運動を行ったのち「さあこれが最後だ。目標艦は下のピスト (*4)、やり直しは駄目だぞッ」翼を振って編隊の僚機 (*5)に合図しながら遥か彼方の上空、まづ隊長機からまっしぐらに突込んでくる。けし粒大がごま粒大に見えたかとみるやピンと張った両翼に溢れる闘志を漲らせて高速の"疾風"は瞬く間に頭上、記者の眼いっぱいに拡がった。その瞬間には機はすでに轟音とともにぽつんと彼方へ双眼鏡では追へぬ速さである。

 続いて一機また一機、一機……とても面も上げられぬ凄さ、人機一体一挙にして千五百余の敵兵と大鉄魂を呑み屠(ほふ)らんとする一刹那に廿余年の生涯を賭ける闘魂の爆発がほんの一瞬間ではあったが"敵機?"の錯覚に陥らしめるまでに記者を射すくめてしまった──やがて全機心ゆくまで試みた急降下突入を終り編隊を整へて次の課目超低空水平突入に移る。

 飛行場一旋回後機首を建直して高度〇〇メートルからぐんぐん降下、仮想敵に見立ててある白旗の手前〇〇メートルに至るやレンズに映る風防内の顔が一瞬歪んだかにみえたそのとき、アッ怖るべし、機は地上実に僅々〇メートル、まさに超々低空で眼前五十メートルをどこまでも突込んでゐたのだ。丈の短い夏草も踏みしだかれたやうに風圧で一直線に薙(なぎ)倒されてしまふ必殺の高速突入、見よこの恐るべき威力、不還必沈わが特攻戦法ならでは到底なし得ぬ離れ技、あたかもそれは地上すれすれ危ふく地面に激突するかにみえながらも巧みに飛び交ふ飛燕の鮮やかさ其のままに相次ぐ僚機、いづれ見劣りせずまさに堂々の体当り、引しぼった剛弓 (*6)を離れた矢のやうに巨弾を重装醜敵めざして突込む神鷲の、死を超越した突入の相もかくやとばかりいまこの神技を眼前にして記者はいひしれぬ感動と戦慄にうたれたのである。

 「なかなかよくやった。もう大丈夫だ、絶対自信をもってかかれ。戦果疑ひなし、けふの通りを全速で突込め、必ず沈むぞ、数は多いから落着いて効果的な奴を狙へ、調子の悪い機は遠慮なく申出よ、あとは心配するな」汗ぐっしょり油にまみれた顔で晴れやかに機から降り立った隊員達へのこれが満足さうなム部隊長の餞(はなむ)けの講評であった。

  • 最終更新:2018-08-15 13:02:57

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