【南太平洋海戦|瑞鳳乗組員】敵空母を屠(ほふ)る南太平洋海空戦

出典:1958(昭和33)年 日本文芸社 「現代読本 第三巻第五号 日本特攻隊総出撃」所収
   元空母「瑞鳳」乗組員 海軍中尉 秋山新二 「敵空母を屠(ほふ)る南太平洋海空戦」


南太平洋を紅(くれない)に染めて展開された激烈悽愴(せいそう)な大海空戦に凱歌あがる!

豪語する米海軍

 昭和十七年十月二十三日夜の、サンフランシスコのラジオ放送は、次の如く報じていた。

「来る十月二十七日は、我がアメリカ合衆国の海軍記念日である。この大戦以来始めて (*1)迎える海軍記念日である。この日までには、西南太平洋上において、我がアメリカ海軍と、日本海軍との間に、一大海空戦が展開されるであろう。そして、今度こそ日本海軍を木ッ葉微塵(こっぱみじん)に撃破して、来るべき記念日には良き贈り物を、アメリカ国民に贈るであろう」

 アメリカ側が、こんな放送をしたことは、未(いま)だ嘗(かつ)てないことであった。まるで、我々に向って果し状を突きつけたようなものだ。

 敵もいよいよやるつもりらしい。しかも満々たる闘志をもって決戦を挑んで来ている。

「今度こそ、食うか食われるかの大決戦になるだろう」

 とみな一様に決意を新たにした。

 今夜は二十六日の午前二時、南太平洋の空は雲一つなく、十六夜(いざよい)の月 (*2)が皎々(こうこう)と海面を美しく照らしている。

 二十四日より行動を開始した連合艦隊は、二十五日に敵の接触を受けたが、未だに敵の所在を把握できなかった。いらだつ我々を尻目に敵の消息は杳(よう)としてわからなかったのである。私は新鋭空母「瑞鳳(ずいほう)」に乗組んで以来、未だに戦斗(闘)らしいものをやっていないだけに、アメリカの海軍記念日が待ち遠しくてならなかった。

航空母艦「瑞鳳(ずいほう)」

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戦時、短期間で小型空母に改造できるように計画された高速給油艦「高崎」を改造した1万1000トンの小型空母。「祥鳳(しょうほう)」と同型。搭載機27機。「高崎」進水後潜水母艦として完成させることとなったが、1939(昭和14)年末空母として完成のこととなり、艦名変更の上、1940(昭和15)年末、横須賀工廠で完成。「瑞鳳」と命名された。1944(昭和19)年夏、新式機の搭載により、飛行甲板を前方に延長した。 (*3)


 この巨大な空母に恐れをなして敵が近寄らぬのではあるまい。あれだけラジオで広言(こうげん) (*4)したのだから、必ずや敵さんはやってくるに間違いはあるまいと……思った。

 しかし、戦機は次第に熟しつつあったのだ。二十六日の月明(げつめい) (*5)を利して、夜間哨戒を行なっていた敵のPBY飛行艇と、我が艦は遭遇したのだった。月明の夜間飛行は、敵機にとっては有利であるが、我々にしてみれば非常に不利な状態であった。

 敵機は非常な低空を飛んでいた。そして雲からいきなり出た途端に、わが艦隊の上空に来てしまったのであろう。面喰(めんくら)って狼狽したらしい敵機は、盲目滅法 (*6)に、持っていた小型爆弾を海上に投下すると、南方に向って遁走して行った。

 その逃足(にげあし)の面白さに、しばし対空員も腹をかかえて笑いころげていた。

 だが、これが南太平洋海戦の発端だった。

 夜明けと共に、敵飛行機の襲撃は必至である。そして、その危険性は多分にあるわけだ。わが艦隊は朝までに行方を晦(くら)まさなければならない。直ちに速力を増し航路を変更した。

 私たち哨戒員も敵機の襲来にそなえて眼を皿のようにして、耳を聳(そばだ)てて、じっと薄明 (*7)の水平線の彼方を睨んでいた。

【南太平洋海戦|1942(昭和17)年10月26日】
日米態勢図。
南太平洋海戦図.jpg

敵空母見ゆ

 日の出一時間前に、河野大尉を指揮官とする索敵機は、敵を求めて出発した。青白い排気ガスが夜空にパッパッと光って、一機、二機、三機と暁闇(ぎょうあん) (*8)の海上に吸われて行く。

 索敵機が出発すると、直ちに艦上爆撃機、戦斗(闘)機が出発の位置にならべられた。真白いピカピカと光る大きな魚雷を抱いた艦攻と、機銃弾をいっぱいにつめこんだ戦斗機は、「敵艦見ゆ」の無電が入ると同時に、一斉(いっせい)に飛び立てるように、一切の準備を完了した。

【空母を飛び立った九七式艦上攻撃機(艦攻)|南太平洋海戦】
南太平洋97式艦攻.jpg

 我々は急いで朝食を取った。朝食が終れば直ちに「総員配置につけ」の号令が拡声器を通じて艦内に響きわたる。士官も兵も戦斗用意の身支度で甲板を駈足(かけあし)で往き来している。

 艦内はにわかにあわただしくなり、緊張した空気に包まれた。キリリと白の鉢巻をした兵隊が、高角砲の所に立っている。美しい朝焼け空を背景に、空母のマストが高々と聳(そび)え立って何んともいえぬ荘厳なものを感じさせた。丁度(ちょうど)、虹の七色のような、絢爛(けんらん)たる美しい色彩である。これが果して戦場であろうか。という錯覚にとらわれるほどであった。

「さあ用意はできた。来るならどこからなりと、いつでも来い」

 艦内の士気はいやが上にも昂(たか)まった。

 今はただ、索敵機よりの無電を待つばかりである。一時間、二時間、いらだたしく時間が過ぎて行く。しかし、索敵機からは何の報告も入らない。

「もう、そろそろ索敵機が引返す地点にまで、到達する頃じゃないか……」

「また今日も敵さんが見つからんのかな……毎日々々気ばかりもませやがって」

 隣の兵隊達が話し合っている。誰しも思うことは同じなのだ。

 その時、突如──

「総員配置につけ、対空戦闘」

 けたたましい拡声器の響きであった。また敵飛行艇が来たのかと思って、あたりを見廻したが、それらしい影も見えない。

「敵艦上偵察機二機現る」

 と拡声器が叫んだ。

 艦上機と聞いては、我々も油断できない。確かに、近くに敵の空母がいるに違いない。いよいよ今日こそ決戦の日だ。いよいよ敵機の襲撃を覚悟しなければならない。

 直ちに味方の戦斗機が飛び上り、そして逃げまどう敵の偵察機を追いかけて行った。クルリ、クルリと二回ほど敵機は旋回して逃げを打ったが、後にぴったりと付いて離れぬ零戦の両翼から、パッパッと火を吐いたと思うと、またたく間に敵機は黒い炎を出してキリモミ状態になって墜落し、海上に水煙りをあげてあえない最後をとげた。

【参考:P-38を撃墜したゼロ戦】
ゼロ戦P-38撃墜す.jpg

 それとほとんど同時に、我々が待ちに待った索敵機よりの無電が入った。

「敵空母見ゆ」

 もう、長たらしい索敵行(さくてきこう)もこれで終りだ。

 誰の顔にも、緊張が漲(みなぎ)ってきた。

 整備員は大急ぎでエンジンを始動させた。これからが、艦攻や戦斗機の大活躍となるのだ。日頃の腕の見せどころとばかり、飛行機に乗る時、下部に取りつけられた魚雷の頭を撫でさすって機上になるもの、愛機の胴体を、ポンポンと軽く叩いて、

「オイ、しっかり頼んだぞ!」

 と、言って莞爾(かんじ) (*9)と微笑んで行く搭乗員達は、機の間を縫って広い甲板を駈けていく。全く眼の廻るような忙しさである。向うも空母、こちらも空母、互(たがい)に五分五分の勝負ができるのだ。航海長は、艦を風に向けて一直線に走らせていた。甲板上の白線と、艦首から出ている白い煙の線とぴたりと一致した。

 勇猛にしてベテランの本田少佐を指揮官とする攻撃機は、一斉に甲板を蹴って飛び立った。訓練の時だと、相当の時間のかかる発艦も、この日はほんの、アッ! と思う間に全機が飛び立ってしまった。

【編隊を組んで飛行するゼロ戦】
ゼロ戦編隊.jpg

敵機大群我に向う

 第一次攻撃隊が出発してしまうと、次は第二次攻撃隊である。液冷発動機をそなえた、彗星(すいせい)新鋭急降下爆撃機がエレベーターに乗って、格納庫から続々と出てくる、整備員がそれを押して出発の位置に並べる。みな駈足だ! 搭乗員まで、その手伝いをして、まるで蟻(あり)がたかったように多勢の兵隊が飛行機にとりついて押して行く。爆弾を搭載したと思うと、エンジンを始動する。全く電光石火の早業(はやわざ)であった。

【艦上爆撃機「彗星」】
suisei.jpg

 急降下爆撃隊は、轟然たるエンジンの唸りを後にして発艦を始めた。風速十六米(メートル)の烈風を受けても飛行機は悠々と発艦……整備員も兵隊も、艦長も帽子を振ってこれを見送った。

「しっかりやってくれ!」

「頼むぞ!」

 今は、自分の任務を終えた整備員たちが、声を限りに叫んでいる。私達に残された戦斗意欲の唯一の排(は)け口が、この叫びであるかのように──

 艦爆は悠々と編隊を組むと、水平線の彼方に吸われる如く消えていった。それに引続いて、上空直衛の零戦が軽快な音をたてて、軽(か)ろやかに発艦を終えた。一応飛行機は全部飛びだしてしまったわけだ。母艦の任務の第一段階は終った。搭載機を全部出発させてしまえば最早、撃沈されると瞑す (*10)べきである。

 後は敵機来襲を待てばいいだけだ。

 後甲板からは、不用品や、可燃物が、どしどし海中に棄(す)てられていた。艦は最大戦速を出しているのであろうか、白く渦巻く航跡を長々と引いている。その白い泡のうず巻きの中に、木の箱や、板切れが、浮いたり、沈んだりしながら、見る見るうちに遠ざかって行くのだった。

 隣りの高角砲の兵隊は、雄壮 (*11)な軍歌を口ずさんでいた。 "そうでもしなければ自分を落着かせることはできません" と、口ぐせのように言っていた野々山兵曹だろう。

 その時、第一次攻撃隊からの無電が入ったらしい。

「敵艦見ゆ」

 つづいて、

「突撃体形作れ!」

「全軍突撃せよ!」

 と報じて来た。

 敵艦隊の上空に殺到した攻撃隊は、敵戦斗機の群がる中を一直線に突切って、敵空母に迫っていることであろう。恐らく勝利の勝鬨(かちどき) (*12)を上げるのも、もうすぐだと思っていた。だが次に入った無電は、容易ならぬ無電であった。

「敵機の大群、我れに向いつつあり」

 待人来たる! 我が艦隊の上空にあって、敵飛行機の来襲に備えていた、上空直衛戦斗機からの無電である。

「とうとう来たか、今度は俺達の腕の見せどころだ」

 総員、ピリッと神経を緊張させる。敵も索敵機の無電によって、攻撃機を飛ばせてよこしたのであろう。正に食うか食われるかの戦いとなった。私も、あと数分、数十分の後には死ぬのかも知れないと思う。何だか頭の中が、スーッと冷静になって来るような気がした。空を仰いで眺めたが、まだ敵機らしい姿は見えない。五分、十分、と時間は経過して行く。非常に長い時間のように思えた。

「あッ、見える! 見える!」

 見張りの兵隊が大声で叫んだ。粟粒から次第に大きさを増して、雲の切れ目から黒点が一ツ二ツ三ツと数えられた。次第にその数が多くなって、敵機は近づいて来た。

 その中にあって、チカリチカリと時どき光るものがある。よく見ると、味方の戦斗機が、飛びかかって空中戦をやっているのであった。宙返りをした瞬間、ジュラルミンの翼が一杯に陽を受けて、それが光っているのであった。それが空中戦斗らしくなく、非常に美しく見えてならなかった。

零戦体当りに母艦を救う

 雲の多い日は敵機にとって有利であるが、我々にとっては迷惑この上もない。どこから敵機が飛び出してくるか分らぬからである。それを知ってか、敵機は雲の中に、次々と逃げこんで行った。

 わが空母「瑞鳳(ずいほう)」も、いつの間にか大きな雲の下に入った。スコールになりはしないかと思われるくらいの雲であった。

 隣りの甲巡 (*13)は晴れた海面を疾走していた。もしこの雲の中から、突如として敵機が頭を出して突っこんで来られると厄介なことになりそうだ……

【空母を護衛する駆逐艦群】
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 そんなことを考えていた時、突然、隣りの甲巡と、それを取り巻いていた各艦とが、ダダダダと、一斉に高角砲と高角機関銃 (*14)を射(う)ちまくった。

 真ッ黒な敵ヘルダイバーが三十機ばかり、次々と急降下して来た。各艦はジグザグ航路をとって、爆撃から逃れようとしているが、運つたなく、敵の爆弾の直撃さえ食うものさえある。

「瑞鳳」を護衛していた軽巡 (*15)は、一度に十機もの急降下にあって、爆弾の水柱で艦体が見えなくなってしまった。

「あッ、遂にやられた……」

 と、思って水柱の消えるのを待っていると、健在な軽巡は襲いかかる敵機に対して、猛烈な射撃を浴びせていた。高角砲に射たれて火を吐いて墜ちる敵機もある。零戦に撃墜されて、真赤な火達磨(ひだるま)となっているのもある。

【参考:日米空中戦|1943(昭和18)年11月2日】
ラバウルに来襲したP-38、B25約200機を戦闘機115機で迎え撃ち、猛烈な空中戦を行って約120機を撃墜した。
日米空中戦.jpg

 再び反転してくる敵爆撃機は、不気味な爆音を轟かせて、今度は駆逐艦目がけて急降下態勢をとって行った。と、次の瞬間その周囲は真黒な爆煙が立ち上った。敵の爆弾が水面に当って炸裂したのだ。黒い煙が高く、濛々(もうもう)と空へ延び、艦の周りにカーテンを張り巡(めぐ)らされたようになった。

 消え去った水煙の中から艦体の海上を走るのを見たが、前とは違った走り方のように思えた。よく見ると、艦尾から黒い煙がたちこめているではないか。望遠鏡で覗(のぞ)いてみると何人かの消防員がホースを持って、必死の消火につとめているのが見えた。ホースの先からは、海水が白い尾を引いて飛び出している。それが見る見るうちに何本もふえて、たちまち黒煙は白煙に変って来た。私達はほっと愁眉(しゅうび)を開いた (*16)

 ダーンッ!

 いきなり私達の横を走っている駆逐艦の後尾の方に爆弾が、雲の中から落ちてきたのだ。真黒な爆煙が、マストの二倍くらいも立上った。つづいて、雲の中から、敵機が跳(おど)り出した。そして、後方につづいていた甲巡に向って急降下をしたかと思う間に、甲巡の後方にまた爆煙が立上った。あわてている照準は不正確で、一発も当りはしない。

 その敵急降下爆撃機を目で追って、始めて敵機を落着いて眺めることができた。低翼単葉 (*17)のスマートな機体である。今まで真黒に見えていた翼は、よく見ると、海の色と同様な濃い藍色に塗ってあるのだ。その中に描かれた星のマークが真白に浮き出して見えた。

 いつの間にか、私達の母艦は晴れた所に出ていた。

「よーし、今度はこっちのものだ!」

 と大声で怒鳴る兵隊も出た。よほど落着きを取り戻して来たのであろう。突如、艦は左旋回をはじめた。急旋回である。それと同時に高角砲と、高角機銃を一斉に射ち出した。全くすさまじい限りだ。防禦(ぼうぎょ)砲火が火を吐くとき、艦の両艦は、火の海の観を呈して、耳はがあんと鳴って一時にツンボ (*18)になってしまいそうである。

 一番、ビンビン耳に響いてくるのは小さな高角機銃であった。いよいよお出でなすったと思って空を仰ぐと、雲の中から飛び出した敵機が、二十機ばかり一団となって急降下して来た。真黒な機体が見る見るうちに大きくなってくる。

 全く息づまる一瞬であった。

 その時、零戦が一機物すごい勢いで、横合いからさっと飛び出して来た。

「あッ! 危い、味方を射ってしまう」

 と思った瞬間、その零戦は、猛(たけ)りたった猛虎の如き勢(いきおい)をもって、敵機にせまった。しかし、もう機銃を射っている余裕すらなかったのである。

 あッと思う間もなく、零戦は敵の一番先頭を切って急降下して来た敵機に、猛然と体当りを敢行していった。二機は、一団の火の玉となって墜落した。次の敵機は、味方の高角砲によって火を吐いてしまった。これを見た敵機は、あわてふためき、編隊はバラバラに崩れてしまった。敵の心理的動揺は正に大きかった。後につづいた敵機は、盲目滅法 (*19)に爆弾を落して逃げようとして、右往左往し始めた。

【参考:急降下する九九式艦上爆撃機|低翼単葉単発 (*20)機】
急降下99艦爆.jpg

 ダーン、ダーン、……

 艦の周囲には真ッ黒な爆煙が次々と立上り、その爆風に私はよろめいた。

 ダーン!

 一段と高い音がしたかと思うと同時に、艦全体が持ち上げられるように揺れた。と、その時私は跳ね飛ばされて、鉄柱にいやというほど腰をぶっつけていた。

「やられたか!」

 と思った次の瞬間、今まで、気違いのようにわめき立てていた高角砲も、高角機銃もぴたりと止んだ。

 爆煙の音も止んだ。

 一切の音響が止った。一瞬! 深夜のような静寂に帰った。

敵機大群反復来襲

 戦いは終ったのである。ずいぶん長い時間のような気がしたが、これがたったほんの僅かの間の戦斗であった。

 ふと我れに返ると、艦の後尾から黒煙がもくもくと立ちのぼっている。火災が起きたのだ。消火員がホースを持って走っている。だが艦の速力は少しも衰えない。依然として猛烈なスピードで走っている。見る見るうちに数十本のホースから、海水が滝のように白く迸(ほとばし)り出てきた。黒煙は、しばらくすると白煙に変り、最初どうなることかと思った心配はすぐ打ち消されてしまった。

 しかし、また何時(いつ)なんどき敵機が逆襲してくるとも限らない。今の襲撃では後尾に一発爆弾による火災くらいで済んだが……そして、もし零戦が、最初の敵攻撃隊に体当りを喰らわさなければ、優秀な空母「瑞鳳」といえども、もっと手ひどい被害を受けている筈(はず)である。私はそっと眼を閉じて、火だるまとなって、海中に沈んで行った体当り機の冥福を祈った。

 一機正に一艦を救う……

 この時からすでに、海軍飛行兵の心の中には、特攻精神が培われていたのであろう。隣りの甲巡も無傷のまま、白浪(しらなみ)を蹴(け)たてて勇姿を見せていた。

 速力をゆるめることなく、真っしぐらに航行している母艦に、朗報がもたらされたのは、それから直(す)ぐであった。艦橋の付近にいた見張員がいきなり両手を高くあげて、

「やったぞ! やったぞ!」

 と大声を張りあげていた。

「何だ早く報告しろ」

 とせきこんで聞いたのは小浜兵曹である。

「今攻撃隊から、敵の航空母艦を二隻やっつけたという無電が入ったのだ」

米空母ホーネット轟沈。この他日本軍が撃沈したのは駆逐艦一隻であった。

日本機の爆撃と雷撃により炎上、傾斜したホーネット。

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南太平洋ホーネット3艦爆艦攻.jpg
しだいに傾斜するホーネットのまわりに救助の艦が集まってくる。

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燃えるホーネット(左側)に横付けして救助にあたる米駆逐艦。

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左に強く傾斜しながらなおも浮いているホーネット。ドーリットルのB25をのせて東京空襲をやったその艦である。

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"Proceed without Hornet"
エンタープライズから飛び立とうとする雷撃機に"ホーネットなしでがんばれ"と黒板に書いて知らせている米兵。

ホーネット沈没4.jpg


 母艦にいる私達にとって、これ以上の朗報はない。我々は完全に勝ったのだ。と、いって、あまりいい気になっていたら大変である。

 と、その時、ふたたび無電が入った。

「敵機の大群、ふたたび来襲す」

 さっと緊張の色が全員にみなぎった。

「またやられるのか」

 と私は思った。今まですっかり安心して喜んでいただけに、今度の無電は一そう我々をおどろかせた。今度こそは艦諸共(もろとも)かな? と考えながら、五分、十分、十五分……

 いらだたしい時間が経過して行った。

 二十分、三十分、……

 いつまで待っても、敵機は姿を現わさないのだ。恐らく、敵機は味方零戦に追いまくられて、その大半が撃墜され、倉皇(そうこう) (*21)として逃げて行ってしまったのであろう。

 ふたたび無電が入った。

「敵空母さらに一隻大破、火災を起して炎上中!」

 ついに敵空母は全滅である。勝利は我々のものとなった。

 かくして、南太平洋海戦は三次にわたる反復攻撃の結果、

  撃沈 空母  三  戦艦 一
     巡洋艦 一  駆逐艦一

 という大戦果を収めて、二十六日夜半、戦いの幕は降ろされたのである。

 思えば、数え切れない幾多の、鬼神をも哭(な)かしめるほどの斗(闘)魂の発露によって、この輝かしい戦果をおさめたのであった。 (終)


【出典】
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編「大東亜戦争写真史 開戦進攻篇」
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編「大東亜戦争写真史 太平洋攻防篇」
・1970(昭和45)年 株式会社ベストセラーズ 福井静夫「写真集日本の軍艦 ありし日のわが海軍艦艇」

  • 最終更新:2018-03-18 15:38:08

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